イラクは、メソポタミア文明やシュメール文明が栄えた歴史ある土地。
最古の文明を育んだ土壌があるからでしょうか、知性に溢れた人が多いことでも知られています。
しかし、この地は度重なる戦争被害により、イラク戦争から20年が経った今もなお、復興の途上にあります。
かつての激戦地であり、壊滅的な被害を受けたイラク南部の都市・バスラに入るとき、僕は防弾車に揺られながら、言いようのない緊張感に包まれていました。ここは、美しい運河が流れる港湾都市であり、かつての文明の中心地。しかし今、目の前に映るのは、整いきらないインフラや乏しい産業、そして今なお貧困の渦中にいる人たちの姿です。
厳格なイスラムの規律がある、近寄りがたい場所。それが、訪れる前の僕が抱いていたイメージでした。
ところが、実際に触れ合ったバスラの人々は、驚くほどにおおらかで、柔らかい人たちでした。日本でいえば沖縄の人たちのような、屈託のない明るさ。 子供たちは凄まじいエネルギーで抱きついてきますし、大人たちもシャイながら、溢れんばかりのホスピタリティで迎えてくれます。
少し言葉を交わし、心の距離が縮まると、彼らは親愛の情を込めて僕を「Habibi(ハビビ=大好きな人)」と呼び始めます。これはアラビア語で「私の愛する人」「親愛なる友」を意味する言葉。一度打ち解けてしまえば、誰もが家族のようにそう呼んで迎え入れてくれるのです。
そんな彼らと接するうちに、彼らはもう僕にとっても大切なHabibiになりました。
外からの勝手な印象と、実際にその土地で営まれている日常は、これほどまでに違うものなのか。 一緒にダンスをしたり、冗談を言いあったりする中で、背景は違えど、人間が喜び、悲しみ、笑い合う姿は、世界中どこへ行っても変わらないのだと改めて教えられました。
もちろん、彼らの背負っている現実はおそらく私たちが想像する以上に重いものです。長年、幾度となく繰り返される対立、戦争、政治の混迷。それでも、彼らは悲しみを嘆くのではなく、やるべきことを懸命にこなしつつ、ふとした瞬間にいたずらっぽく笑い、僕たちを温かく受け入れてくれます。
「イラク」という国の話をするとき、彼らは一様にキリッとした表情に切り替わります。その瞳の奥には、言葉では語り尽くせない、幾層にも重なった複雑な思いがあることが見て取れました。
幾多の苦難を裏側に抱えながらも、笑顔を絶やさないHabibiたち。
彼らのその強さと、一人の人間としての凛とした佇まいに、僕は心の底から敬意を覚えずにはいられませんでした。